風が吹いていた。
隔てるもの一つない上空で、風が穏やかに走り抜ける。
山の頂上、その上空。
微風に撫でられながら2人の少女が対峙する。

一人は竹箒に跨り、白黒のエプロンドレスに身を包んだ少女。
魔女が被るような黒く大きなとんがり帽子の下にはまだ幼さを残す顔が覗かせている。
彼女の名は霧雨魔理沙。
幻想に生きる人間にして、普通の魔法使い。

もう一人は悠然と宙に浮き、青と白の2色で彩られた肩を覗かせる巫女服を着た少女。
蛙と蛇をあしらった髪飾りの横に見せる眼差しは毅然と相手を見据えている。
彼女の名は東風谷早苗。
現代に生きた人間にして、唯一の現人神。

両者の間に緊迫した空気が流れる。
魔理沙は僅かに笑みを浮かべながら。
早苗は真剣な眼差しで。

これから行われるのは決闘。この世で最も無駄な決闘。
その名は――命名決闘法、通称“スペルカードルール”


「二つ星〜Star Shoots Star.」


魔理沙がポケットに手を入れ、そこから1枚の符を取り出す。
トランプ大の大きさの符には複雑な模様が描かれており、符に内蔵する魔力が光となって溢れる。
早苗も魔理沙に応じて袖の中から1枚の符を出す。
符には魔理沙のような模様は描かれていなかったが、符に込められた霊力は魔理沙のそれと相当するものであった。

『Set Spellcard』

2人が符を構え、開幕を唱える。

『Ready……』

――――轟音。

GO、という開始の言葉を掻き消す程の爆音が符に込められた魔力と霊力の解放によって瞬間生まれ、瞬間消え去る。

「儀符『オーレリーズサン』ッ!」

「秘術『グレーソーマタージ』ッ!」

両者が符に刻まれた名を呼び、符は唱えに呼応してその形を変化させる。
魔理沙の符は4つに分裂し、それぞれ赤、青、緑、黄の4色の玉へと変わる。
玉は魔理沙の周りを一定の間隔を保ちながら浮いている。

早苗の符は唱えると同時に霧散し、込められた霊力が早苗を取り巻く。
早苗は手に持った御幣を掲げ、大きく五芒星を描く。
すると、目前に赤と青の大きな五芒星が現れた。
2つの五芒星はそれぞれ5つに、計10個の五芒星へと増殖し、早苗の前に広がる。

「疾ッ!」

早苗が御幣を大きく一振りすると、五芒星は数多の弾になった。
弾となった五芒星は弾幕を作り、魔理沙に襲い掛かる。

「パワーモード、『スプレッドスター』!」

魔理沙の叫びに、浮遊していた4つの玉が反応する。
玉は星の模様が描かれた碧玉になり、弾幕を避ける魔理沙の後を列を為して追う。
魔理沙が手に持ったミニ八卦炉から魔力を込めた弾を撃ち出すと、碧玉からも星型の弾が追随して撃ち出される。
弾幕と弾幕がぶつかり合い、鮮やかな光と破裂音を撒き散らしながら相殺されていく。
生き残った弾幕が両者に迫るが、隙間だらけのそれは苦もなく躱していく。

魔理沙が薄くなった弾幕を縫って早苗に接近し、早苗はそれに対して再び五芒星を描く。
再度10の五芒星が現れ、弾幕となって魔理沙に迫る。
「くっ……」
小さく舌打ちを漏らして、魔理沙は弾幕を避けながら後退する。
一進一退の攻防が繰り広げられる。

早苗が再びもう一度五芒星を描き始めると、魔理沙は姿勢を低くし、再び早苗に向かって飛ぶ。
風を切る横顔が不敵に笑む。

「ピアスモード、『イリュージョンレーザー』!」

魔理沙の声に4つの碧玉が再び反応する。
碧玉は紅玉へと変わり、魔理沙の前へ並ぶ。
紅玉が発光する程に熱を帯び始める。
赤く光る4つの玉。

「――シュートッ!」

玉から赤い光線が発射される。
光線は弾幕を透過し、早苗へと一直線へ迫る。

「なっ!?」

予期せぬ急襲に早苗は五芒星を描くのを止め、迫り来る光線を回避する。
途中まで描かれた五芒星が弾幕に変わり、魔理沙に押し寄せる。
しかし、魔理沙は退くこともなく更に距離を詰める。
目の前にある玉を1つ掴む。

「霊撃ッ!!」

掴んだ玉が砕ける。
玉に内包された魔力が解放され、結界が展開される。
結界はすぐに消えたが、魔理沙と早苗の間にあった弾幕は全て掻き消されていた。

隔たりのなくなった両者の間を、魔理沙は詰めるために駆け、早苗は広げるために飛ぶ。
早苗が小さく五芒星を描き、牽制用の弾幕を張る。

「ウィズダムモード、『コールドインフェルノ』!」

魔理沙も弾幕を展開して、それに応対する。
空中の追走劇は魔理沙に分があるのか、徐々に距離が詰められていく。
逃げ切ることは不可能と判断した早苗は魔理沙に向き直る。
瑠璃色の玉を2個従えて魔理沙が距離を詰めようと迫る。

(……2個?)

早苗は玉の個数に疑問を持つ。
しかし、その疑問はすぐに解かれた。
上空からの空襲によって。

「ッ!?」

早苗は反射的に上空を見る。
驚きに見開いた眼が上空でぽつりと浮かぶ瑠璃色の玉を捉える。

「固定配置、だぜ」

すぐそこまで迫った魔理沙が笑みを浮かべて呟く。
2方向から弾幕が襲い来る。
早苗はすぐに次の符を取り出す。

「奇跡『白昼の客星』!」

再び霊力の爆散が起こる。
飛び込むのは危険だと判断した魔理沙は後退する。
符は2つの光球に変わり、早苗の左右に並ぶ。
光球から四方八方にレーザー弾が照射される。
発せられたレーザー弾は互いに交差し、網状の弾幕を作る。

魔理沙は近付いてくるレーザー弾に臆することなく弾幕の網目に潜る。
魔理沙の周りを浮遊していた球は魔力が尽きて、元の符に戻った。
四方を囲まれながら魔理沙は抜けだせる隙間を窺う。
ふと、白光する弾幕の向こう側に一際輝く光球が見える。
光球は徐々に大きくなっていく。
それが大きくなっているのではなく、魔理沙に迫っているのだと気付いた時には、既に目前にまで近付いていた。
魔理沙は光球を避け、その後に続いていた光球も回避する。
そうしている間に、弾幕が一度途切れ、また新たな弾幕が魔理沙を取り囲む。

「成程、確かに客星だな」

再び囲まれた魔理沙は感心した風に呟く。
その声にもどこか楽しそうな色が窺えた。

「目には目を、弾幕には弾幕を――星には星だぜ」

魔理沙が2枚目の符を取り出す。

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

符に込められた魔力が青白く光る衣になって魔理沙を包む。
体を箒と密着するまで屈め、最高速度まで急加速して突撃する。
包囲していた弾幕は容易く打ち破られ、魔理沙と早苗が再び顔を合わせる。
魔理沙は一度止まり、向きを変え早苗へ突撃する。

早苗は魔理沙を食い止めようとレーザー弾を撃つが、悉く打ち消されてしまう。
正面から迫る魔理沙に光球をぶつける。
僅かに軌道をずれる。
その僅かなずれた側と反対側に逃げ込んで突進をなんとか避ける。
そして、方向転換するために止まる地点と魔理沙に向かって光球を撃つ。

急停止、方向転換、急加速。
光球は一歩及ばず衝突し霧散する。
魔理沙が迫ってくる。
早苗が急降下して回避する。
上空に位置する魔理沙は再び止まり、また新たな符を出す。

「魔符『ミルキーウェイ』!」

掲げられた符が詠唱と共に、膨大な魔力の塊へと変貌し、早苗に向かって押し寄せる。
早苗は地上にまで下りる。
怒涛の魔力の波が光球を容易く飲み込みながら迫る。
早苗は怯むことなく符を1枚手に持つ。

「開海――」

魔力の波が早苗の上方を取り囲む。
逃げ場のない状況で早苗は機を窺う。
そして、波が早苗と衝突する刹那――――

「――『海が割れる日』!」

高らかに唱える声と共に魔力の波が音を立てて2つ割れる。
魔力の波はそのまま崩れていく。
魔理沙は驚愕に数瞬身を強張らせた。
そのほんの数瞬の内に、早苗は再び飛翔し、新たな符を宣言する。

「準備『神風を呼ぶ星の儀式』!」

符から今まで以上の霊力が溢れ出し、御幣を一振りするだけで五芒星が10個現れる。
それらが射出される前にまた御幣を一振り、更に10の五芒星が現れる。
弾幕が途絶えることなくばら撒かれる。

魔理沙も符を構えるが、まだ発動させない。
早苗の弾幕を破るため、既に符に込められた魔力に詠唱を重ね威力を高める。
撒かれた弾幕が魔理沙に迫る。
魔理沙はそれを辛くも回避する。
右に避け、左に反転、すぐに下へ潜る。
その間も詠唱を続ける。
弾幕を上昇で回避して、詠唱が終わる。
魔理沙がほんの少し緊張の糸を緩めたその時、魔理沙の目前に弾が迫る。
目の前を白一色に染める中、魔理沙は間一髪で魔力を解き放つ。

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

魔理沙から3本のレーザーが伸びる。
レーザーは魔理沙を中心に回転し、早苗の弾幕を薙ぎ払う。
レーザーが消滅と同時に周囲の弾幕は全て消え去った。

再び対峙する2人。
その手には最後の符が握られている。
魔理沙は未だ余力を残しているようで、顔には笑みが浮かんでいる。
悠々とした動きで符とミニ八卦炉を構える。
一方、早苗は息を荒げており、疲弊の色を見せている。
しかし、その顔に諦念は見せず、寧ろ勝気に満ちている。
御幣を強く握り、符を勢い良く前に構える。

「奇跡『神の風』!」

早苗の周りに烈風が巻き起こる。
大気が揺れ、木々がさざめき、大地が躍動する。
1個の塊となった神風が魔理沙に向かって突進する。

魔理沙はミニ八卦炉を両手で持ち、前へ突き出す。
ミニ八卦炉から金属が擦れ合ったような甲高い音と魔力の光が零れ出す。

「恋符『マスタースパーク』!」

ミニ八卦炉から極太のレーザーが放射される。
魔理沙の視界を白く染め、レーザーと神風が衝突する。
衝撃を受けたエネルギーが四方八方に飛び散る。
轟音と閃光が周囲を際限なく包み込んでいく。
そして一際大きな音が爆ぜる。
次第に轟音は小さくなっていき、眩い光も鳴りを静めていく。

1つの人影が糸の切れた人形のように真っ逆様に地上へ落ちていく。



「……ん」
早苗が目を覚ますと、一面の青空が視界に広がる。
右から左に動く雲が無秩序に形を為しては崩れていく。
太陽がいない青と白だけの風景を早苗は綺麗だなと感じる。
暫く眼前に広がる景色を見つめていると、不意に視界に影が差し込む。
青空を背にして影っている魔理沙の顔が勝ち誇った笑みを浮かべている。
早苗はそこであぁ、と気付く。

「私、負けちゃったみたいですね」
「私は勝っちゃったみたいだな」

笑みをより強くしながら、魔理沙は手を伸ばす。
差し出された手を握り、早苗も立ち上がる。
土埃を適当に払い落してから、一度大きく伸びをする。
伸びを終え、魔理沙へ顔を向ける。

「お茶でもしましょうか」
「茶請けも頂いてやるぜ」
「わかりました」

クスリと笑いを零して、早苗は神社に戻っていく。
魔理沙もその後を付いていく。


今までの小競り合いがまるで夢であったかのように姿を消し、何事もなかったかのように日常は続く。
今日も幻想郷は長閑に平和だった。


【終わり】


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